現代風に訳せば、青年会議所

わかしゅうひょうじょうどころ

若衆評定所
〒693-0001

島根県出雲市今市町468

TEL 0853(21)0077

FAX 0853(21)3277

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「もはや これまで」

○一部のあいだでは異常にウケている、ウチの社長の異次元的頭脳が生み
 出した超時代スペクタクルワンダーイリュージョン絵巻、待望の第二話、はじ
 まり×2〜!!

 真夏の朝、長後諄一は布団の上で大汗をかきながら目を覚ました。もともと
血圧が高いので、朝は比較的に強いのだが今朝に限ってはだるくてどうにも
ならない。うっすらとした記憶の中で―夕べの酒か、またやったか―と現在の
体調の理由を思い出した。すぐ隣でぐっすり眠っている幼い末娘のかわいい
寝顔をうつろに見つめながら、 ― 俺もこうして家に帰れば何事も無かったよ
うに布団で寝起きしているものの、毎日が生きるか死ぬかの瀬戸際よ ―
心でつぶやいた。だが、気の毒なのは家族であろう。婦人にしてみれば、本人
の感慨とは裏腹に、毎晩のように酩酊してもどってくる主に対し、―よくもまあ
連日飽きることなく同じような顔ぶれとばかり飲んでいられること―と思うのだ
が、いまさらそれを口にすることは稀であった。


 諄一の朝はいそがしい。早々と着替え終わったときには、ひげもさっぱりと剃
り上げ、髪も櫛できっちりすいてある。一介の陪臣(サラリーマン)である彼は、
身なりこそは武士の基本的な心得であると信じている。出仕するべく登城する
が早いか、「おはようござりまする」と後輩たちの活きのよい挨拶をことごとく受
ける。長後はその声が頭にひびき閉口するものの「おお、おはよう、そちの父上
は息災か」などと気さくに話しかけたり、冗談を連発してその場をなごませること
に気をくだいている。同僚の士心を十分に得ているようだ。彼の務めは「日参 
車輌まかない方」である。この会社、元々は、大阪冬の陣で活躍した高名な豪
勇“塙団右衛門直之”を家祖としているらしい。長子自信それ故か否か、家風の
潔いことをもって良しとする、といった一面を受け継いでいるかのようでもあり、
反面あきらめの早さが無くもない。だがこの男のおもしろさは“若衆評定所”の
一員であることだった。


 その夜、評定の召集があった。誰もが緊張している。何故ならこの日の評定
でその年の最大の催し「おろちまつり」の実行案が決定するのだ。すんなりとま
とまるならば誰も緊張などしない。常に影で大御所と呼ばれる、先輩格の奉行
職の面々がいじめともつかぬ態度で厳しく評定の中身を吟味するのが恐ろしい
のである。万が一評定の座でしくじると、面目を失うことになり、武士を辞めてし
まわねばならぬほどの屈辱を味わうはめとなるのだ。まつり奉行付組頭の日下
彦雅は動悸を隠しつつも声を励ましつつ切り出した。「おのおの方、今年のまつ
りの概要はご覧の通りでござる。今日にまで評定を重ねて参ったゆえこの上な
く手間隙をかけたものとなってござる。さて、異存はござるや、いずれか反論が
あらば心して申されよ、拙者もお受け仕るであろう」。横並びの同輩、上座の先
輩を順に目で追いつつ内心 ― だれも何も申すな ― と心でつぶやいた。が、
「待たれよ」と上座の方からしんと静まりかえった部屋の中に低く重たい声が響
き渡った。発言者は前座長職の“図書頭”という若衆きっての論客である。日下
は息が詰まるほどに緊張した。しかし、図書の標的は違っていた。「このまつり、
我等の威信を世の中に示す最大の機会である。しかるに青少組」と斬るように、
下座になるべく目立たぬようにと目線を落としていた長後に向かったのである。
瞬間、何がなんだか分からず、おそるおそる「何か不都合がございましょうや」と
尋ねた。図書は不適にも「そのほうら、この度のまつりを何と心得る。密林小屋を
大々的に催すと申したは偽りであるか」。図書はもともと青少年組が発案した、昆
虫を網かごに大量に放し飼いにして、子どもたちにつかみ採らす企画のことをいっ
ている。その企画が気に入ってはいるものの、そもそもスケールが小さいことが不
満なようであった。その剣幕に肝を冷やしながらも長後はことさらに静かな口調で
「偽りとはめっそうもない言われ方でござる。当方はこれこのとおり、大通りの中心
地に構えを・・」とまで言ったとき「よし、ならば規模をこの三倍とせよ、よいな」と一
方的に話を決定して打ち切ってしまった。 ― これは容易ならぬ ― 長後は閉
口した。


 日差しのまぶしさに耐えかねて目をさますとすでに卯の刻すぎ(午前6時)「しま
ったぞ」そうつぶやくと同時に ― 屯所(若衆の本部)へゆかねば ― と、この
朝一番からの活動にとりかかる。長後があせりながら心配している対象は単なる
虫のことだった。カブトムシやクワガタ等だが、ただしその数量たるや尋常ではな
い。その数600である。屯所留守居役の熱田女史はもともと虫がだめなほうで、
「今朝、便所の戸を開けてみると、カブトムシが10も足元で死骸になっていまし
た。」声の音がふるえている。「あいすまぬことをしたの、今宵より武藤を寝ずの番
につけるゆえ、安堵せよ」目線は、がっしりと組まれた木組みに網を張った一間四
方はある虫かごの中にそそがれている。生き物としての最盛期をこの狭い虫かご
の中ですごさねばならぬストレスかあるいは無念なのか、オス同士が格闘のあげ
く胴体を切断された死骸が無数にころがっている。 ― どこか我らの境遇に似て
いる・・― いや、いかんいかん ― 首を振りつつひとり覚醒し、「この様子なら、
本番までにあと300は確保せねばいかん、共食いで半分ほどに減らさるは必定じゃ、
今宵の虫捕りも皆にいっていっそう気張らねばならぬぞ」。熱田女史は目の下に
くま をつくりながら空元気で自分を支えている長後を見つつ ― だいぶ無理をさ
れておる ― と感じた。


 出雲国境横田村、今夜青少年組の面々は主にこの方面に出没していた。出没と
いう表現にふさわしく二三人一組になり、深夜の暗闇をうろうろとさまようのだ。たま
たま出くわした住人が後日、化け物を目撃したなどのうわさを振りまき、屯所にまで
それが聞こえてきたほどである。もちろん、深夜に姿を現す虫を捕るためだ。他の
班もそれぞれ、吉田村、仁多村などに入り込んでいる。長後は「本田班と勝部班
からの報告だとあわせて30匹を確保したらしい。こちらも20匹だから、のう州谷君
そろそろ引きあげようず」「はい、しかし私はまだしばらく頑張ります。組頭殿こそ連
日お疲れでしょう。先にお休みなされませ」そういう州谷の表情は少し暗い。「州谷
君まだあのことを気にしているのか、もうあまり気にせんでいいぞ」長後は一週間前
の出来事のことを思い出している。若衆の先輩格で山川新平という、その名のとお
り山川に住む生き物を捕獲することに情熱を注ぎこ込んでいるものがいた。いた、
と過去形で表現するのは、どういうわけか、その後、俗体のまま頭を丸め、にわかに
仏門に帰依したからである。ともかくその山川、青少年組のこの度の取り組みに「そ
の壮挙、過去にも例がない」と興奮状態で賛同し、そればかりでなく自らも「およば
ずながらこのわしも、いやこのわしならではこその生物を捕獲し、座長に献上奉ろう」
ということで、密林小屋に放し飼いにするための水中生物を専門に捕ることになった。
それからの山川の活動は超人的であった。ある夜の丑三つ時、長後は山川に無理
やり叩き起こされ、「これから雷魚をつかまえにいくぞ、こい」と裏沼の泥をかきわけ
つ、目の下80センチというとほうもない雷魚を一匹捕獲した。山川の狩猟はそれで
終わらず、他にも巨大フナ、同じく、鯉、手長えび、ナマズ等を次々に捕ったが、中で
も山川は巨大ウシガエルを手に入れたことがうれしかった。体長30センチはあるだ
ろう。ところが、こうして一挙に数多くの生物を捕りすぎたためか、山川家では一つの
騒動になっていったのである。その家族は夜中にきこえるぶきみな鳴き声に閉口し、
「いいかげんにしてください」と訴えた。ある時などは、深夜、山川が酩酊状態で家路
にたどりついたとき、大通りの辻を曲がると、ふと誰かとすれちがった。誰かと思ったら
雷魚であった。 ― げ!そうか、こやつは水がなくともしばらくは陸上活動ができる
のだったわい ― 路上をうねうねと進む後姿を見つつ思った。 それにしても雷魚の
後姿というものはどうなのだろう。新平はあわてて追いつくと、両手でがばっとすくい
あげたが、この魚独特の粘液で全身べとべとになったらしい。そういったことから山川
家からぞれぞれの生き物が青少年組の家々に分宿することとなった。その中で、たま
たま州谷家でウシガエルをあずかることになり、これに名前までつけてかわいがった。
名を「よしひさどん」という。食欲旺盛な彼のために、連日昆虫を捕り、あたえるのは息
子の光喜の役割であった。よしひさどんは最初こそ元気に飛び跳ねていたのだが、や
がてえさを食べなくなり死亡した。このことが発覚することをおそれた州谷は、遺体を
処分すると、息子にも口止めをしてしばらくは知らぬ顔を通していた。が、発覚した。
屯所に連日、面々が集まり虫の捕獲状況を語りながら談笑していたとき、たまたま州
谷は光喜をともなっていた。山川は光喜になにげなく、「おや、光喜君、元気がないのう。
夏ばてでもしたかや」「だって・・・」「ん、何でもいうてみよ」「だってよしひさどんが死ん
だもの」「・・・・」山川は絶句した。


 深夜の横田村に虫の声のみがきこえる。時にその虫の声さえも途切れ、漆黒の闇と
永遠の沈黙に囲まれて、知らぬ間に深い谷底のような思考の極みにたどりついていた。
洲谷は今、記憶の中で方向感覚を失ったまま泳いでいる。が、虫どもの不意に思い出し
たかのような一斉合唱に我をとりもどした。「さあ、帰ろうず」長後はもう一度うながし、し
まいには肩を抱くようにして撤収をはじめた。


 翌日、泥のような眠りから目覚めるとき、「・・・」さすがの長後も辛かった。なにが辛い
のって、ここ十日ほどは連日ろくに寝てもいないのである。若衆評定所は「おろちまつり」
だけが仕事ではない。連日、別の事業にも駆り出され、体が二つ欲しいとは誰でもが思
うような状態がつづく。鏡を覗くと白目が明らかに黄色くにごっている。「もはや これま
でか・・」とは口癖なのだが、おそらく他人がそれを聞き、その表情を見れば、確かに 
― それまでだな ― と思ったにちがいない。屯所には時間どおり向かわねばならぬ、
もはや長後を支えているのは、家族や友人ではなかった。ましてや名誉でもなく、実は
本人も全く気がついていないが、その体にいやというほどに浸み込んだ使命感であった。


 

○バックナンバー

第一話
づれづれ草